弁護士が、福井で会社をつくる。 株式会社フクイト代表・増永将が選んだ「目的ドリブン」の起業
フクイトは、なぜ福井で生まれたのか。
法律事務所、総合商社、アメリカ駐在とキャリアを重ねた、株式会社フクイト代表取締役の増永将が会社をつくった場所は、地元・福井だった。
ポッドキャスト「明日から弁護士」第19回は、番組初のゲスト回。聞き手を務めるのは、弁護士であり、フクイトの役員でもある大谷。
藤島高校3年5組で机を並べた同級生同士で、普段はなかなか話さない「なぜ福井で会社をつくったのか」を聞いてみた。
弁護士として働くなかで、起業を考えるようになった
──そもそも、なぜ起業しようと思ったんでしょうか。
増永:「司法試験に合格して、十年になります。最初の三年間は法律事務所でM&Aを中心に担当し、その後、現在の総合商社の法務部に移って七年ほどになります。弁護士は、すごく面白い仕事です。ただ、事業をつくる当事者というよりは、一歩引いたところで相談を受け、参謀として関わる仕事だと思うんですよね」
弁護士の仕事には面白さを感じていた。一方で、少しずつ「自分でも何かをつくりたい」という気持ちが強くなっていったという。
増永:「そのうち、自分でも何かをつくりたくなってきたんです。誰かを支えるだけではなく、自分が主体になって事業を動かしたい。それなら、会社をつくるしかないなと」
これまでの経歴を見ると、そのまま東京でキャリアを重ねていく選択肢も十分にあった。
福井県立藤島高校から中央大学、東京大学法科大学院へ。法律事務所を経て、総合商社の法務部に入り、二年間のアメリカ駐在も経験している。
だからこそ、大谷にとっても、増永が福井で会社を始めたことは少し意外だったようだ。
そこで話題になったのが、増永と福井との距離感だった。
福井と東京、十八年ずつ
──高校卒業後は、ずっと東京です。その間も福井への思い入れはあったのでしょうか。
増永:「思い入れは、ずっとありました。むしろアメリカまで行って、外から日本を見るようになったことで、地元が恋しくなったところがあります。恋しくなったというより、原点に戻る感覚に近いかもしれません」
福井に帰るのは、年に一、二度。それでも、地元のことはずっと気になっていたという。
増永:「いま、福井で過ごした期間と、東京で過ごした期間が、ちょうど十八年ずつになったんです。これから先、何をしていくのかを考えたときに、本当にこのまま東京だけでやっていきたいんだろうか、と思うようになって。地元で何かをしたいという気持ちが、少しずつ強くなっていきました」
「東京の会社は、勝手に成長する」
大谷:「(増永は)何かを成し遂げるタイプの人間だと思っていたので、あえてフィールドを福井に置いたことが、改めてうれしいというか、意外だったというか」
増永:「人と違うことをしたい、という気持ちはある。東京で弁護士が起業すること自体、まだそれほど多くはないものの、最近はリーガルテック分野での起業が増えている。契約書レビュー等のツールをつくって、投資家を回る。すでに、ひとつの道筋ができています。だからこそ、僕は同じことをあまりしたくなかった」
もうひとつ、福井を選んだ理由がある。
増永:「東京には、本当にたくさんの会社があります。日本で唯一、世界で唯一の技術を持っているなら、東京で勝負する意味もあると思います。でも、僕がやりたいのは、自分たちだけで何かをつくることではなく、周囲の企業や人と一緒に事業をつくっていくことです。その仕事を考えたとき、東京という選択肢は、あまり浮かびませんでした」
その話のなかで、こんな言葉も出た。
増永:「東京はプレーヤーが多くて、ある意味では勝手に成長していくんじゃないか、という感覚があって。もちろん、何もしなくても成長するという意味ではありません。ただ、人材も情報も資本も集まりやすい。僕らはまだ三、四人の、リソースも限られた小さな会社です。だからこそ、僕らが関わることで、より大きな価値を生み出せるのは、福井の中小企業なのではないかと思いました」
大きな市場で勝負することよりも、自分たちが関わることで、より役に立てる場所を選ぶ。
増永にとって、その場所が福井だった。
起業に不安はなかった?
──安定したキャリアもあるなかで、福井で会社を始めることに不安はなかったのでしょうか。
増永:「怖さは、意外となかったですね。最近になって、毎月、銀行口座の明細を見ると少し怖くなることはあります(笑)。でも、起業した当初はそれほど感じませんでした。むしろ、新しいことに挑戦したい、いろいろな人と関わりたいという、ワクワクする気持ちの方が強かったですね」
増永:「ある程度、楽天的でなければ、起業しようとは思わないのかもしれません。うまくいかない可能性まで考え始めたら、なかなか動けない。だから、考えすぎる前に、まずはやってみようという気持ちはありました」
コミュニティから、株式会社へ
フクイトは、最初から会社として始まったわけではなく、最初はコミュニティだった。
きっかけは、「福井で何かをやりたい」という何気ない会話だった。
一年ほど前、三人で話していたときのこと。同席していたのは、現在フクイトの役員を務める照山と、前職同期で同じく福井出身の弁護士・松浦だった。
照山は増永より一回り年上の経営者で、AIを”てこ”に地方の活性化に取り組んできた。
増永:「照山さんから、福井で事業をやりたいのか、東京でやりたいのかと聞かれました。東京には家族もいる。でも、地元の福井で何かをしたいという思いも、ずっと持っている。そう話したら、『それなら、福井に軸足を置いた事業を一緒にやりたいね』と言ってもらって」
とはいえ、いきなり会社をつくったわけではない。まずは人が集まる場をつくり、そこからコミュニティが生まれ、有料コミュニティへと発展。少しずつ活動が広がり、やがて株式会社になった。
──善意による活動ではなく、ビジネスとして取り組む。そこには、どのような判断があったのでしょうか。
増永:「活動を持続させ、広げていくには、やはり事業として収益を上げる必要があると考えました。単にお金を稼ぎたいというより、売上と利益を生み、人を雇い、さらに投資する。その循環をつくらなければ、できることは増えていきません。NPOという選択肢も考えましたが、自分たちが目指す価値の創造や持続可能性を考え、株式会社の方が適していると判断しました。」
株式会社という形にしたのには、もうひとつ理由がある。
増永:「企業や団体に会いに行くとき、個人として訪ねるのか、会社の代表として訪ねるのかでは、受け止められ方も変わると思います。まずは、活動を担う主体としての箱を、しっかりつくりたかったんです」
AIドリブンではなく、目的ドリブン
──株式会社フクイトとは、どのような会社なのでしょうか。
増永:「ホームページを見ると、AIコンサルティングやAIガバナンスという言葉が最初に出てきます。ただ、僕自身がAIをとにかく好きで、AIだけをやりたいと思って始めたわけではありません」
つまり、出発点はAIそのものではない。
考えているのは、福井という地域をどう持続可能な場所にしていくかということ。地域で暮らす人が十分な収入を得て、よりよい生活を送るためには、地域の企業が事業を続け、成長していく必要がある。
一方、地方では人手不足や後継者難が進み、利益を出していても事業をたたむ「黒字廃業」も課題になっている。
なかでも福井では、人材不足が特に深刻だ。厚生労働省の2026年4月統計では、福井県の就業地別有効求人倍率は1.73倍と全国で最も高い。企業が「人を採りたくても採れない」状況が、地域全体の課題になっている。
増永:「福井にどう貢献できるかを考えたとき、いま最も役に立つ可能性が高い技術が、AIなのだと思いました。だから、AIドリブンではなく、目的ドリブンなんです。地域の企業の発展をサポートし、持続可能にする。その目的を達成するための手段として、AIを安全に導入し、活用していくことに取り組んでいます」
もし来年、AIに代わる新しい技術が登場したら、そちらに取り組んでいるかもしれない。
「ただまあ、そんな技術は簡単には出てこないと思うので、来年もAIをやっているとは思いますけど」
そう言って、増永は笑う。
フクイトが大事にしているのは、技術そのものよりも、その先にある目的だ。公式サイトでも、AIを単なる効率化ツールではなく、人材価値や企業価値を高める経営資源として位置づけている。
福井には、長く続く会社がたくさんある
福井県は、人口に対する社長の輩出割合が全国で最も高い。
帝国データバンクが2023年12月時点のデータを基に行った調査では、福井県の社長輩出率は1.37%。1982年から42年連続で全国トップとなっている。
増永:「福井には、小さな個人商店や中小企業が数多くあり、それぞれが事業を続けてきました。ただ、人手不足や後継者不足が続けば、その数は減っていくかもしれない。だからこそ、地域の企業とタッグを組み、一緒に事業を続け、成長させていきたいという思いがあります」
福井には、長い時間をかけて企業の中に蓄積されてきた経験やノウハウがある。
帝国データバンクの調査では、2024年9月時点で、福井県内に創業100年以上の老舗企業が702社存在する。
大谷も、そこにAIとの相性の良さを感じている。
AIによって文書作成や情報整理が効率化されていくほど、各社が持つ経験やノウハウ、技術、データそのものが、より大切になっていく。
百年企業が多いということは、AIと組み合わせられる知恵が、それだけ多く残っているということでもある。
増永:「製造業とAIの組み合わせには、大きな可能性があると思っています。北陸でも、金型製造に関するノウハウをAIも活用してソフトウェア化し、海外からの受注増につなげている企業があると聞きました。福井には、眼鏡や繊維をはじめとする製造業が多い。そうした企業にAIを導入し、業務を効率化するだけでなく、売上を伸ばし、海外へ販路を広げていく。そこまで含めて、十分に実現可能だと思っています」
増永がAIに期待しているのは、地域の仕事をただ置き換えることではない。
福井の企業に蓄積されている知恵を、次の成長や新しい市場につなげること。
そんな使い方を目指している。
「従業員のAI利用、管理できていますか」
AI導入コンサルティングと聞くと、少し抽象的に感じる人もいるかもしれない。
そこで大谷が聞いたのが、「フクイトならではの部分はどこにあるのか」ということだった。
増永が挙げたのが、AIガバナンスだった。
──AIガバナンスとは、何でしょうか。聞き慣れない人も多いと思います。
増永:「シンプルに言えば、『御社では、従業員がAIツールをどのように使っているか、しっかり管理できていますか』という話です」
従業員が生成AIを使い、自分なりに業務を効率化しようとする。それ自体は、むしろ前向きな工夫だ。
問題は、会社が把握していない個人アカウントや、利用を承認していないサービスに、顧客情報や社内情報が入力される可能性があることだ。
増永:「従業員が工夫してAIを使い、業務を効率化すること自体は、すごくいいことです。一方で、会社の機密情報や顧客情報を、会社が管理していないサービスに入力してしまうのはよくない。だから、会社がきちんと従業員のツール利用状況を把握し、統制を取ったうえで、AIを積極的に活用していく。その状態が、企業にとって最も望ましいと思っています」
弁護士として多くの企業相談に携わってきた増永は、トラブルの背景に、共通する問題があると指摘する。
増永:「さまざまな会社からトラブルの相談を受けますが、そもそもルールがないことが、一番の問題なんです。
何をしてよくて、何をしてはいけないのか。そのルールを整えたうえで、フルパワーでAIを活用していく。それが、僕らの目指している状態です。
ルールづくりの段階から、実際の導入と活用まで、一緒に支援できることが、僕らの強みだと思っています」
安全に使うための「ガードレール」をつくる
AIを使いたい一方で、情報漏えいや著作権など、気になることも多い。
「これは入力していいのか」「このサービスを使って大丈夫なのか」と迷う企業も少なくない。
逆に、リスクを気にするあまり、AIをほとんど使えなくなってしまうケースもある。
そこでフクイトが考えているのが、安全に使うためのルールづくりだ。
禁止するためではなく、安心して活用するための線引きをつくる。
増永:「リスクを恐れるあまり、顧客情報は一切入力してはいけないと思い、それらの具体的な情報をすべて削除して使っている経営者もいると聞きます。もちろん、入力すべきでないサービスや情報はあります。ただ、適切な契約やセキュリティーが整った環境であれば、業務情報を扱える場合もある。何もかも匿名化してしまうと、AIを使う意味そのものが薄れてしまうこともあります」
大切なのは、全部を禁止することではない。
どのサービスなら使えるのか。どの情報なら入力できるのか。誰が、どの業務で、どのように使うのか。
その線引きを、企業ごとに一緒に整理していく。
増永:「こういう場合は使ってよい。こういう場合は使ってはいけない。そして、安全が確認できる業務では、むしろ積極的に使おう、と。そのガードレールを敷いたうえで、実際の活用まで支援したいと思っています」
大谷:「弁護士という肩書があると、相談する側は少し構えてしまうかもしれません。でも、そこは構えず、まずは会社のことや困っていることを、どんどん聞かせていただきたいですね」
──最後に、今後の意気込みを聞かせてください。
増永:「この事業を会社が始めてから、八カ月ほどになります。最近になって、少しずつ県内でAIなどについて話をする機会が増えてきました」
その一方で、増永がいちばん大事にしているのは、実際に企業の中に入って仕事をすることだ。
増永:「一番やりたいのは、名前を売ることではありません。実際に多くの企業からご相談を受けて中に入り、どう業務を変えていくのか、どう売上を伸ばしていくのかを一緒に考え、伴走しながら共に成長していくことです。知名度やブランディングも必要ですが、それ以上に、企業と深く関わる仕事を増やしたい。仲間も増やしながら、福井の企業の売上向上や、地域の活性化に少しでも貢献していきたいと思っています」
収録を終えて
収録の最後、増永は「同級生同士の対話にしては、ずいぶん硬かった」と笑っていた。
確かに、普段の飲み会で「なぜ会社を始めたのか」をここまで順番に話すことは、あまりない。
でも、だからこそ、会社概要だけでは分からないフクイトの始まりが少し見えた気がする。
「そもそも、なんで自分が起業したんだっけ、という話は普段意外としないよね」
本人が言うとおり、自分がなぜ会社を始めたのかを、改めて言葉にする機会は案外少ない。
「福井で何かをやりたい」という思いがあり、まずはやってみる。
そして、やってみるために必要なルールや仕組みは、きちんとつくる。
今回の話を聞いていると、そんな姿勢がフクイトらしさなのかもしれない。
会社としては、まだ始まったばかり。これから福井でどんな仕事が生まれていくのか、楽しみにしたい。